失業人間 第4話では、山口県下関市へ行きました。
下関といえば、フグ。
もちろん、僕のような失業者が気軽に食べていいものなのかは分かりません。
しかし、せっかく下関まで来たのです。
ここでフグを避けるようでは、何のために失業したのか分かりません。
いや、それは言い過ぎました。
何のために失業したのかは、今でもよく分かっていません。
まず向かったのは、唐戸市場。
市場の中は活気にあふれていて、並ぶ寿司、海鮮、そしてフグ。
観光客の皆さんが楽しそうに海鮮を選ぶ中、こちらは失業中。
財布の中身と相談しながら、慎重にフグと向き合いました。
働いていない人間が市場でフグを見つめる姿。
それはもはや、観光というより査定です。
「これは今の自分に許される贅沢なのか」
そんなことを考えながら、結局食べました。
美味しかったです。
労働の有無に関係なく、フグは美味しい。

その後は、水族館へ。
ここでもフグ。
あっちを見てもフグ。
こっちを見てもフグ。
水槽の中には、丸い顔をしたフグたちが、何かを悟ったような表情で泳いでいました。
正直、少し親近感がありました。
社会の荒波に揉まれて膨らんだわけではないでしょうが、あの丸さには妙な説得力があります。
フグは、危険を感じると膨らむ。
人間も、追い詰められると強がる。
そう考えると、僕も少しフグなのかもしれません。

水族館を出た後は、赤間神宮へ向かいました。
赤間神宮は、安徳天皇を祀る神社。
壇ノ浦の戦い、平家の終焉。
下関という場所には、ただの観光地では終わらない歴史の重さがあります。
海の向こうに見える景色を眺めていると、華やかな市場や水族館とは違う、静かな時間が流れていました。
負けた側の記憶。
消えていったものの気配。
そういうものが、この場所には残っているように感じます。
失業した人間が言うのも変ですが、人生にも勝ち負けのような瞬間があります。
ただ、負けたと思った場所にも、後から誰かが手を合わせに来る。
そう考えると、今の自分の時間にも、何か意味が残るのかもしれません。
その後、関門トンネルへ。
山口県から福岡県へ、歩いて渡れる海底トンネルです。
車では何度も通ったことがある関門海峡も、歩いて渡るとまったく違って見えます。
海の下を歩いている。
しかも失業中に。
なかなか珍しい状況です。
普通なら「県境を越えよう!」とテンションを上げるところですが、こちらは無職。
越えたいのは県境ではなく、人生の現状です。
280mで断念しました。
本当は、、、
どれだけ足取りが重くても、一歩進めば、少しだけ場所は変わる。
今の自分に必要なのは、たぶんそういう単純なことなのだと思います。
そして夜。
この日の締めは、車中泊。
しかも、フグざんまい。
唐戸市場、水族館、そして最後にまたフグ。
下関のフグに包囲されました。
失業中なのに、フグ。
車中泊なのに、フグ。
人生は不安定なのに、食卓だけは妙に豪華。
このアンバランスさが、いかにも失業人間です。
でも、車の中で食べるフグは、妙に美味しかった。
高級料理店で食べるフグとは違うかもしれません。
けれど、今日一日歩き回って、いろんなものを見て、少し疲れた状態で食べるフグには、ちゃんと味がありました。
失業したからといって、何もかも終わるわけではない。
働いていない日にも、海は綺麗だし、市場は賑やかだし、水族館のフグは泳いでいる。
神社には歴史があり、トンネルを歩けば県境も越えられる。
そして車の中でも、フグは美味い。
